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「葉山災害ボランティアネットワーク」は神奈川県葉山町で「明日起きてもおかしくない大災害」に備えて、災害ボランティアに関する様々な学習・訓練・支援活動を行っているボランティアの団体です。

ボラバス活動報告

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葉山災害ボランティアネット準備会は、3月16日~18日の間、宮城県東松島市において復興支援のボランティア活動を行ってきました。その報告書を公開させていただきます。

なお、今回の活動に対するご支援をいただいた皆様には参加者一同あつく御礼申し上げます。

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葉山発着ボラバス「東松島市における復興支援活動」                                
1.活動概要
  日時  :2012年3月16日(金)~18日(日)
  活動場所:東松島市野蒜地区、宮戸地区、東名地区
  参加者 : 42名
  物資支援:ウィンタース様、朝日新聞ASA葉山様
       読売センター葉山様、毎日新聞葉山専売所様
       湘南菱油葉山SS様、葉山商工会様

2.1日目(3/16)の活動内容

20:00 役員および支援活動チーム集合(社協)
21:00 参加者集合、受付(葉山町役場前)
・出発準備
・山梨葉山町長のご挨拶 「葉山の代表として頑張って活動してほしい。」
21:30 ボラバス葉山町を出発
・会長の丸さん挨拶
・参加者の自己紹介
・木古庭在住の手嶋さんからの差し入れ(ケーキ)を参加者に分けた。
・トイレ休憩(蓮田PA、安達太良PA、国見PA)

3.2日目(3/17)の活動内容

7:00 東松島市宮戸地区、民宿「山根」に到着
・朝食/着替え、活動の準備
8:00 被災地(東松島市野蒜地区)の視察
① サポートチームGの市原さんのお話
・東松島市は、宮城県内で一番被害が大きかった。津波で浸水した地域は、市内の73%で、人口に対する死者の割合が一番高かった。
・会社や店舗が多い石巻が報道されたが、個人住宅が多い東松島の報道は少なかった。
・サポートチームGは、4月から活動開始、6月に東松島市に入り、8月から奥松島の復興支援活動をしている。鳴瀬二中の清掃、墓地の整備などを行った。
② 野蒜地区鳴瀬二中の視察
・被災した鳴瀬二中は使われておらず、生徒は仮校舎を使って勉強している。
・生死の境目は、紙一重であった。野蒜地区は新興住宅地で、津波に対する油断があった。
・野蒜地区で運河より海側の地域は、現在、人が住んでいない。
・野蒜地区の復興計画では、三つ堤防を作ることになっている。
③ 野蒜駅の視察
・踏切が閉まり、道路渋滞が発生したところに津波が来て、大勢の犠牲者が出た。
・仙石線の移転を予定している。住民に反対意見もあるので、この話はしない方が良い。
・仙石線の代行バスが30分に1本運行されている。
・奥松島では、観光業の復活を目指している。
9:30 復興支援活動①(野蒜海岸の清掃活動)
・葉山に加え、土浦のボランティア約30名が加わり、野蒜海岸の清掃活動を行った。
・はじめは曇っていたが、途中から雨が降り始めた。
・ゴミを分別して清掃し、野蒜海岸はだいぶきれいになった。
12:00 昼食(野蒜小学校)
13:00 午後の活動の中止→救急法の講習会/被災地の視察
・日赤防災ボランティアによる救急法の講習会(搬送法、三角巾の使用法)
・被災した野蒜小学校の体育館を視察、犠牲者に黙とうを捧げた。
・東名地区の視察(墓地、住宅地、漁港ほか)
17:00 懇親会
① 月浜の区長さんのお話
・ボランティアのみなさんが親身になって助けてくれたので感謝している。
・月浜は、半農半漁の生活で、のり作りがさかんである。加工する機械はだめになったが、一部直せた。海水浴場の砂は流れてしまった。稲作に使う水は、寸断されてしまった。
・震災の跡地をどう利用するか総会で話し合う。南向きの良いところに高台移転をする。国交省と、建築家の妹島さんが計画した案があり、どちらにするか検討中である。
② サポートチームG代表 市原さんのお話
・大和で活動報告会を行うので協力してほしい。
・奥松島はきれいでプライベートビーチがあり、バーベキューやシーカヤックができる。海岸はきれいになったが、海の中にいろいろなものが残っている。
・宮戸には4つの集落があり、漁業と民宿を営んでいた。民宿のほとんどは、津波で破壊されてしまい、宮戸で6軒しか残っていない。ちょっとしたことで、明暗が分かれた。
・50年前のチリ津波でも、大きい津波がきた。先祖代々に逃げろと伝わっている。
・震災後、宮戸では920名の住民が小学校に避難した。橋が寸断され、一週間ほど孤立した。被害の少なかった里浜の住民(縄文村付近)が避難している人に食料を分けた。
・津波は、7回きた。特に、野蒜地区は悲惨で、濡れてしまった人は低体温症になり、亡くなった人もいた。600軒あった住宅が80軒までに減ってしまった。
・東松島には28団体、石巻には300団体のボランティアが来ている。
・復興支援活動は、「本当にやる必要があるのか?自分達がやるべきなのか?」問いかけながらしている。何でもやるのは良くない。本気で頑張ろうとしている人に支援をする。
・支援物資は12月で十分そろっていて、受付を中止している。仮設住宅は狭く、物を置く場所がない。必要なモノはインナーぐらいである。
・今回、お願いする復興支援活動は、海岸清掃と漁業支援のボランティアである。宮戸地区の住民が、観光を本気で頑張りたいという気持ちがあるからお願いをした。
・仮設住宅の炊き出しは、今はやらない方が良い。日常に戻る妨げとなる。
・サポートチームGでは、ボランティアネットのつながり(大和、岐阜、富山、新潟等8~9団体)を作ろうとしている。葉山も協力してほしい。
・津波の教訓として、住んでいる場所と働いている場所付近の避難所を覚えておく。
・赤十字や共同募金で寄付したお金の4割ぐらいは事業費、6割が支援につながる。お金による個人の寄付はありがたいが、寄付の仕方が難しい。
・仮設住宅に住む人に支援があっても、在宅で頑張っている人に対する支援がない。
・復興支援センターの見廻り隊は、お金が出るようになってから機能していない。
・東松島市のボラセンは中心部の矢本にあり、旧鳴瀬町にはサテライトがあった。
・サポートチームGの復興支援は、3/15に大船渡からはじめた。野蒜地区の復興支援活動に入ったのは4月からで、トイレットペーパーが足りないことから始まった。
・サポートチームGの「G」は、「頑張ろう」という意味である。
・東松島には、あと2年頑張ろうと思っている。宮戸地区はやる気があり、漁師が戻ってくる。宮戸地区が自立してから引くつもりである。
③ 民宿の山根さんのお話
・当日は、民宿のしこみをしていた。地震の揺れがものすごかった。なかなかおさまらず、裸足で外に出た。大津波警報が鳴り、停電になった。車を高台に移転した。ラジオの情報では、津波の高さが6mだったが、10mになり、さらに高いところに避難した。雪がぱらつき、とても寒かった。最終的には15mから16mの津波がきた。
・小学校と郵便局の近くに二つ橋があり、言い伝えでは二つの津波がそこでぶつかった。信じていなかったが、その通りになった。1000年前に建てられた石碑がある。
・幸い、月浜では、津波で亡くなった人はいなかった。避難所で亡くなった人が出た。
・情報は大切で、携帯やテレビは使えず、ラジオが使えた。
・地区では、高齢者と寝たきりになった住民を把握していた。震災時は、その場にいた人が一軒一軒、見て回った。連絡を取れない人もいたが、住民の誰かが知っていた。
・地域には、「えんずのわり」という伝統行事がある。子どもが神社の中で泊まり込み、集団生活を学ぶ場である。女人禁制で、男子のみが参加する伝統行事である。
④ 月光プロジェクト代表 山内さんのお話
・大きな地震だったので、津波がくる覚悟はした。海が盛り上がり、左右から挟み込むように月浜を飲み込んだ。被災から招かれた民宿で、しばらく厄介になった。宮戸地区が孤立し、橋が復旧して、最初に行ったのがお風呂である。食料の支援が到着したのは5日後だった。自分の家の瓦礫を薪にして温まった。幸い月浜には、死者が出なかった。
・8月に仮設住宅に移った。40世帯、120人~130人が生活している。
・月浜では、民宿とのりの養殖をしている。11軒あったが、3軒が廃業してしまった。残った8軒でグループを組み、月光プロジェクトを立ち上げた。今年の秋から生産を再開する。月光とは、みなさんの応援で光を取り戻そうという意味である。津波から3か月は、気分が落ち込んでしまったが、新たな目標をもったので、前向きになれた。一口(10,000円)を支援してくれたみなさんには、秋に収穫するのり100枚をお届けする。
18:30 夕食
22:30 消灯

4.3日目(3/18)の活動内容

7:00 起床
7:30 朝食/着替え
9:00 復興支援活動②(4つのチームに分かれて活動)
① 野蒜海岸の清掃チーム(13人)
・前日の作業を継続して行った。
・翌日、きれいになった野蒜海岸で釣りをする人や遊んでいる人がいた。
② 漁業体験チーム(12人)
・ワカメの加工風景(釜茹で、選別、塩蔵加工ほか)の見学
・ワカメの収穫体験(漁船に乗って、養殖しているワカメを刈り取った)
・ワカメの試食会(しゃぶしゃぶにして、味ぽんにつけて食べた)
・ワカメの即席販売会(生ワカメ、メカブ、塩蔵)
③ 個人宅の片づけチーム(12人)
・改装を予定している個人宅(本間さん)の床板をはがす作業をした。
・KSVNが前日に作業した内容を引き継いだ。
・本間さんからお礼として、クリガニを頂いた。希望者に分けた。
④ 屋台販売チーム(5人)
・ボランティア向けに、焼きガキとのりの販売をし、無料でのり汁を配った。
・はじめはほとんどお客が来なかったが、ボランティアが帰ってくるとにぎわった。
12:00 昼食/身支度
13:20 月浜の入口で記念撮影
13:25 バスに乗車、「山根」のおかみさんからお礼のご挨拶
・ボランティアに来ていただき、ありがとうございました。
・研いで頂いた包丁は、料理を作るときに大切に使わせてもらった。
・宮戸のことを思い出したら、ぜひまた来てください。
13:30 民宿「山根」を出発
13:35 リオープンした奥松島縄文村を見学
① 歴史資料館の見学(自由行動)
② 館長さんのお話
・震災で大きな被害を受けたが、宮戸地区で死者が少なかったので、下を向いていない。
・宮戸地区は、コミュニティのつながりが強く、一人ひとりの役割分担が決まっている。
・里浜貝塚は日本で一番大きな貝塚である。3000年前の遺跡で五カ所に分かれている。
・縄文人の遺跡は高台にあり、津波で被害がなかった。縄文人から学ぶこともある。
14:20 縄文村を出発
休憩(安達太良PA、佐野PA)
23:00 葉山町に到着(福祉文化会館前で解散)


3月17日(土)の活動

民宿「山根」に到着                 
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被災地の視察(野蒜地区鳴瀬二中)
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被災地の視察(野蒜駅)
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復興支援活動(野蒜海岸の清掃)
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日赤防災ボランティアの救急法の講習
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野蒜小学校の体育館で黙とう
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被災地の視察(東名地区)
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交流会/夕食
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3月18日(日)の活動

漁業体験(ワカメの収穫体験、試食会)
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民宿「山根」のおかみさんのお礼のご挨拶31.jpg

奥松島縄文村の見学
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  1. 2012/03/26(月) 00:00:00|
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